ゴン中山が現役続行を発表!ゴン中山の本当の由来って?

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先日、ゴン中山の愛称で知られる中山雅史選手が、J3リーグのアスルクラロ沼津との契約を更新し、現役続行することが発表されました。

来季出場が決定すれば実に5年ぶりのJリーグになるということですが、中山選手のことを詳しく知っている方は多いとは思いますが、日本サッカー界で今もなお輝き続けるゴン中山さんの来歴などをまとめてみました。

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プロフィール

静岡県藤枝市出身の中山選手は1967年9月23日生まれ。(現在49歳)

高校時代は藤枝東高等学校に通い、2年生の時に全国高校サッカー選手権静岡予選を勝ち進むまで実力を上げました。

決勝戦では東海第一高等学校と対決。 絶対的な劣勢の中でもあきらめず勝利し、全国大会への切符を手にしました。

最終的に準決勝で長崎県立島原商業高等学校にPK負けしてしまいましたが、合計4試合で中山選手は失点なし、合計2ゴールを決めるという大活躍ぶりを見せつけました。

筑波大学体育専門学群を卒業した1990年、ヤマハ発動機のサッカー部(のちのジュビロ磐田)に入部、同年に開催されたダイナスティカップ北朝鮮戦で日本代表に選抜され、プロとしてのキャリアをスタートさせました。

ジュビロ磐田在籍時は354試合出場し、157点を上げるなど大活躍、1999年にその健闘が称えられJリーグ選手協会副会長に就任しました。

2009年にジュビロ磐田を辞め、翌年2010年にコンサドーレ札幌に入団。

しかし2012年12月4日、両ひざが思い通りに動かなくなったことを理由にサッカーから引退。 しかし当時の記者会見で本人曰く未練たらたらなので元気になればまたカムバックするかもしれないとコメントしたそうです。

引退後はバラエティ番組に出演したりサッカー解説者として活動しました。

特に「キリトルTV」や「とんねるずのスポーツ王は俺だ!」などスポーツ関連の特番では頻繁に出演し、プリキュアやクレヨンしんちゃん、劇場版仮面ライダー鎧武にもゲスト出演したこともあります。

そして3年後の2015年の9月14日、ジュビロ磐田時代の監督だった山本昌邦が理事長を務める日本フットボールリーグ(JFL)「アスルクラロ沼津」の選手として現役復帰が発表されました。

2015年、2016年シーズン共に公式戦の出場はなかったものの、チームはJFL3位となり悲願のJリーグ入りを果たしました。

中山選手にとって、来期で出場できれば5年ぶりのJリーグとなりますが果たして?

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「ゴン中山」の由来

ファンからは「ゴン中山」という愛称で親しまれている中山選手ですが、どんな理由で名づけられたのかご存知ですか?

最初にゴン中山の相性をつけたのは大学時代の先輩である鍬柄昌宏。 海外遠征で太った中山選手が「俺たちひょうきん族」の鬼瓦権造にそっくりだったことから名付けられました。

大学時代に生活していた寮の部屋に大きな箪笥がったから「タンスにゴンゴンから命名した」という説もあるがこれは後付け。(箪笥があったこと自体は事実)

また「中山隊長」という呼び名もあり、筑波大学在学時にユニバーシアードサッカー競技の代表でキャプテンを務めたことからチームメイトに呼ばれたことがきっかけで生まれました。

いろんな愛称で呼ばれているのも、ファンからもチームメイトからも愛されている証拠ですね。

さいごに

正直私はサッカーはあまり見ないのですが地元のサッカーチームが盛り上がり興味がわいています。、今回調べて記事にまとめてみて改めてゴン中山というサッカー界のスーパースターのことを詳しく知ることができました。49歳現役のスポーツ選手って本当にすごいです。

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