笑点の歴代司会者!終身名誉司会の桂歌丸さん応援してます!

落語

笑点 歴代司会者まとめ

今回は私の大好きな笑点ネタです。
前司会者の桂歌丸さんの病状も気になりますが、いつもお元気に退院していらっしゃるのでいつまでも現役でご活躍してしただきたいです。応援してます。
笑点といえば、番組を盛り上げる司会者がつきもの。 今回は笑点50年間の歴代司会者をまとめてみました。

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笑点50年間の歴代司会者

七代目立川談志

(1966年~1969年)

記念すべき最初の笑点司会者であり、笑点の生みの親。

本名は松岡克由(かつよし)。

五代目三遊亭圓楽さんによると、「寄席のおまけとしてやっている大喜利をテレビでやってみないか」と提案したことが始まりと言われています。

これがきっかけになって笑点の前身である「金曜夜席」が金曜深夜に放送開始されました。

5代目三遊亭圓楽、3代目古今亭志ん朝、5代目春風亭柳朝(没後は8代目橘家圓蔵)と並び江戸落語若手四天王の1人に数えられるすごい落語家で、無所属で選挙に出馬したり三木内閣(当時)の沖縄開発庁政務次官を務めるあるなど政治家としても活躍したこともある。

前川武彦

(1969年~1970年)

談志さんの後を継ぎ、2代目司会者の座に就いたのは前田武彦さん。

名前からも分かるように武彦さんは落語家ではなく、「フリートーク」や「楽屋落ち」などの巧みな話術と毒舌で馬を盛り上げる名司会者。

前司会者の談志さんの推薦で2代目司会者の就任すると、持ち前の技術で笑点はバラエティ色が強くなった。

このころからカラフルな着物を着るようになり、おなじみのテーマソングもこのころから使用されるようになった。 約1年という短い就任期間だが、武彦さんは現在まで続く焦点の流れを作ったと言っても過言ではない。

ちなみにこの笑点のテーマには歌詞があり、(作詞したのも前川武彦さん)当初はメンバー全員で歌っていたのだがあまりにも下手過ぎて歌は廃止になったという逸話がある。

初代三波伸介

(1970年~1982年)

3代目の司会者に就任したのは当時お笑いトリオ「てんぷくトリオ」の一員として活動していた初代三波伸介さん。

三波さんといえば知る人ぞ知る昭和の大スターで、持ちネタ「びっくりしたなあ、もう!」は当時の流行語となりました。

本名は澤登三郎。

当初はアクシデントで出演できなかった武彦さんの代理として出演しただけなのだが、元々落語に造詣が深かったことも手伝って個性豊かな落語家たちを見事にまとめ上げた。

ドタバタ路線に切り替えたことで視聴率はアップし、三波さん自身もピン芸人としてブレイクするきっかけとなりました。

五代目三遊亭圓楽

(1983年~2006年)

笑点に出演したことでいっきにお茶の間の人気者となった三波伸介さんですが、1982年12月に解離性大動脈瘤破裂で急逝しました。

そこで次期司会者として白羽の矢が立ったのは歌丸さん、こん平さんとともに金曜夜席時代から出演している5代目三遊亭圓楽さん。

司会だけでなく解答者や座布団運びの山田君全員が主役というスタンスを取り、すべてのキャラクターを生かす方式となりました。

なんと23年間も笑点の司会を務めて(2017年1月現在で歴代最長の就任期間)おり、そのせいか笑点の司会者と聞かれれば彼か歌丸さんを思い浮かべる人が大半。

座布団を取る時でさえ大笑いしているなど司会を見る限りでは大らかで心の広い印象を受けますが、実際の圓楽さんは気が短く厳格な性格で、あまりの剣幕に弟子の好楽さんが圧倒され笑点レギュラーを辞める一歩手前まで追い詰められたというエピソードもある。

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桂歌丸

2006年5月、5代目圓楽さんが心筋梗塞で入院したことをきっかけに司会を勇退、5代目司会者には第1回から出演している桂歌丸さんが就任しました。

本名は椎名巌(いわお)。

解答者だったころから(主に腹黒のあの人から)事あるごとにハゲ・死亡ネタでいじられており、司会になってもそれは相変わらず。

全員でいじったり悪乗りするなどして機嫌を損ねると「全員の全部持っていきなさい!」と回答者全員の座布団を全部没収されるケース(俗に言う「歌丸ジェノサイド」)が頻発した。

こういった独裁政権のため座布団10枚獲得者がなかなか出ず、2013年10月20日放送の第2385回では「誰にも座布団をあげないで終了」という史上初の快挙(?)を成し遂げ話題になりました。

しかし歌丸さんも体調不良を訴えたため笑点50周年を迎えた2016年に笑点を引退。

司会の座を昇太さんに譲り、50年間絶えず笑点の発展に貢献し続けたその功績をたたえ「笑点の終身名誉司会」に就任しました。

春風亭昇太

そして、現在笑点の司会を務めるのが春風亭昇太さん。

本名は田ノ下雄二。

若手大喜利の司会を務めたことがあり、その経歴があっての起用と思われる。

若手大喜利ではいわゆる「キレ芸」が定番となっており、本家笑点でもそれは健在。

2006年に歌丸さんが司会に就任すると同時に昇太さんが大喜利メンバーに就任。

大喜利ではちび、メガネ、噛み噛み、そして独身ネタでいじられており、やはり司会に就任してもそれは変わらず。

昇太さん自身が笑点メンバーとしてのキャリアがまだ浅いせいか解答者が昇太を無視して雑談したり、必要以上にいじられたりとまるで新任教師と扱いが大変な生徒のような構図となり、ネットでは「学級崩壊」とまで揶揄されている。

ちなみにファンの間では歌丸さんと共に大喜利の古株である「6代目三遊亭圓楽」が次期司会者の最有力候補だったが、あの不祥事のことを考えると就任しなくてよかったと考える人もちらほらいる。

さいごに

以上、歴代笑点の司会者をまとめてみました。

こうやって司会者をまとめてみると笑点の歴史を垣間見ることができましたし、なによりこうやって焦点を盛り上げてくれる司会の皆さんが偉大だと感じることができるようになったと思います。
毎週日曜日に癒されています。

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